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2.もうここはイギリス!
1999年9月9日私はイギリスへ向け日本を出発した。
初めて一人で海外へ行くためかなり緊張していた。
イギリスへの直行便は予約できずマレーシアとスイスを経由していく飛行機だった。スイスからイギリスへの飛行機はほとんど乗客がおらず、おじいちゃんがバイオリン演奏を始めたりと、おもしろかった。何十時間におよぶ空の旅が終わり、いよいよ到着。飛行機を降りてから電車に乗るまで、重いスーツケースを押して長いスロープをかなりの時間歩いた。
もうここは横文字のアルファベットばかりがならぶイギリス。まず、切符が安くなるというYoung
Persons Rail Cardを作るために窓口へ。聞きなれないイギリスの英語を私は必死に聞き取り、一生懸命に話した。無事Cardを作ってもらえた。早くIpswichに着かなくてはと思い、今度は路線マップを見る。東京で電車に乗れればイギリスの電車は簡単だ。30分もすると外の景色は田舎へと移り変わった。そして1時間半たち、私はIpswichへ到着したのだ。とてもこじんまりとしてかわいらしい駅だった。IpswichはCambridgeの東に位置する小さな町で昔の古い建物があったりピンクの壁のかわいいおうちがあるすてきな町だ。
残暑の厳しい日本から来た私にとってイギリスは寒かった。すっかり秋であった。駅からタクシーに乗り“To
Otley College, please”と運転手に行き先を伝え学校へ急いだ。見知らぬ土地でどこを走っているのかさっぱりわからなかったが、運転手は初め間違って寮へ向かっていたようだ。思ったよりも田舎に学校はあり驚いた。学校内を案内してもらい今度こそ僚へ向かった。Bransonsという名の寮は、車で細い道を30分ほどイギリスらしいゆるやかな丘をいくつもいくつも越えた先にあった。
イギリスにいるんだな〜!と感動した。
主要道路は広く整備されているが、それ以外は細い道が多い。景観重視のイギリス、日本のようにそこらじゅうにカーブミラーや標識はない。細い道には歩道やどぶもなく、雨が少し降るたびに、飛び越えられないほど大きな水溜りができて困った。寮には先生4人、生徒約12人が9月から生活し始めた。女の生徒は計5人でそのうち4人が日本人であった。イギリスの女の子はKerri、17歳で去年からいるそうだ。初日Kerriが、電気がちかちか点滅するのを見て、ケイレンして倒れた。イギリスではそう珍しいことではないそうだが私はすごく驚いた。この病気のせいで運転免許が取れないそうだ。他にも数字がたくさん並んでいると順番が入れ替わって見えてしまうという病気や、食べ物ではナッツのアレルギーが多く寮のコックのMikeは気をつかっていた。
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Ipswich ピンクの壁の可愛いお家 |
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